大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ヨ)2277号 判決

債権者 新井順子

右訴訟代理人弁護士 筒井信隆

同 久保田昭夫

債務者 東芝レイ・オ・バック株式会社

右代表者代表取締役 佐々木秋豊

右訴訟代理人弁護士 渡辺修

同 竹内桃太郎

同 吉沢貞男

同 宮本光雄

同 山西克彦

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者の申立

1  債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有することを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、昭和四七年六月以降本案判決の確定に至るまで、毎月二五日限り、金三九、一一五円を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  債務者の申立

主文同旨

≪以下事実省略≫

理由

一  債権者が昭和四六年一一月二六日、債務者に准社員として雇傭され、期間を同年一一月二六日から同四七年三月二〇日までと定めた雇傭契約書を作成し、それ以来引続き債務者会社品川第二工場に勤務してきたこと、債権者はさらに、同四七年三月に期間を同年三月二一日から四月二〇日までと定めた同上契約書を、さらに同年四月に期間を同年四月二一日から五月二〇日までと定めた同上契約書を作成したこと、債務者は、同四七年四月一九日頃、債権者に対し、雇傭契約は同年五月二〇日をもって終了し以後契約を更新しない旨の意思表示(以下本件傭止めという)をなし、同年五月二一日以降の就労を拒否していることの各事実は、期間の定めが法律的にいかなる意味があるかの点は別として、当事者間に争いはない。

二  債権者は本件雇傭契約には当初から期間の定めはなかった旨、またかりにあったとしても無効である旨主張するので検討する。

(1)  ≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を一応認めることができる。

債務者の従業員には、正社員と准社員の種別があり、正社員は期間の定めがない雇傭契約を締結して特段の事情がない限り定年まで雇傭することは前提とした恒常的、基幹的従業員であるのに対して、准社員は、景気の変動による業務量の増減に応じて適宜労働量を調整することを可能にするためと、臨時的に軽作業を希望する家庭婦人や高年令層は比較的求め易いという労働事情からこれらの人を一定の期間を定めて雇傭した臨時的、補助的従業員であること。このような准社員の存在は最も比率の高い時で全従業員の約五パーセントであり、昭和四七年五月当時で約一パーセント程度となっていたこと。正社員と准社員とでは採用手続を異にし、正社員は時間をかけて慎重に面接、前歴調査を行なって採否を決定し、採用に際しては二名の保証人をたてさせるが、准社員は簡単な面接だけで採否を決定し、保証人も必要としないこと。准社員は期間満了時に業務量の見通しと本人の勤務成績を勘案して契約の更新をすることがあり、勤務期間が一年以上になって勤務成績が良好である場合は正社員に登用される場合もあること。債権者は、五反田公共職業安定所の紹介により、昭和四六年一一月二三日頃、債務者会社で採用のための面接を受け、その際、社員と准社員の相違、債権者は准社員として採用されるものであること、及び一年以上勤務し、勤務成績が良ければ正社員に登用する途が開かれていることとの説明を受けたこと。その後で、債権者は期間を昭和四六年一一月二六日より同四七年三月二〇日までとする旨明記した准社員雇傭契約書に署名押印したこと、の各事実を一応認めることができる。

前記争いのない事実と右認定の事実よりすれば、債務者会社の准社員制度は企業の経営上合理的なものとして肯認できるのであって、債権者は期間満了後も引続き雇傭され将来正社員に採用されることを期待していたとはいえ、やはり、本件雇傭契約には契約書記載の雇傭期間の定めがあるものと解するの外はない。

もっとも、前掲各証拠によれば、現実の作業内容においては、正社員はグループリーダーになったり作業工程の取りまとめをするが准社員はこれをしない等の軽微な差異はあるにせよ、両者は殆んど同一の仕事をしていたことが一応認められるが、そうだからといって本件雇傭契約に期間の定めがなかったものと推認するには至らない。

(2)  次に、債務者が三〇才以上の男子及び既婚の女子は准社員として採用する旨の基準を設けていることは当事者間に争いはなく、債権者は三〇才未満ではあるが既婚の女子であったため准社員として期間の定めをつけて雇傭されたものであることは債務者の明らかには争わないところである。

債権者は、右基準により既婚の女子を一律に准社員として雇傭することは性別による差別であり婚姻の自由を侵すものであるから、右基準に基づいて付された期間の定めは無効であると主張するのであるが、≪証拠省略≫によれば、右基準は過去において既婚の女子を正社員として採用した場合出産、育児その他家事に追われて恒常的基幹的労働力としての期待を裏切られることが多かったという経験に基づいて設けられたものであり、しかもこれは採用の基準であって(正社員として採用された後結婚した女子はそのまゝ正社員として雇傭される)、既婚の女子であっても正社員に登用される途も開かれていることが一応認められるので、右採用の基準は合理的なものとして容認できるし、債務者に雇傭されるか否かは勿論応募者の自由であるから右採用の基準が婚姻の自由を侵すものとは到底考えられない。

(3)  もっとも准社員制度といい、前記採用の基準といい、これを設けることによって労働法規上の婦女子の保護を免れようという脱法的意図が存するときは債権者の主張するとおり無効と解する余地はあるが、本件においては右意図を認めるに足る疎明はない。

(4)  そうであれば、本件雇傭契約に期間の定めがないことを前提とする債権者の主張はその余につき判断するまでもなく理由がない。

三  次に債権者は、本件雇傭契約に有効に期間の定めがあるとしても、更新されることが前提となっていたところ、本件傭止めは思想、信条を理由とする差別的取扱であり、かつ権利の濫用であるから無効である旨主張するので、検討する。

(1)  期間の定めがある雇傭契約であっても、被傭者において期間満了後も引続き雇傭されることを期待しそれに合理的理由がある場合には、雇傭関係を終了させることは実質上解雇の場合と変らないので、そのためには更新拒絶の意思表示を必要とし、しかも右拒絶が思想信条を理由とする差別的取扱など信義則上許されない時又は権利の濫用にわたる時は無効と解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、≪証拠省略≫によれば、債務者は債権者を雇傭するに当り、将来特別の事情のない限り、期間満了後も引続き雇傭することを予定していたこと、債務者の人事担当職員は債権者に勤務成績が良好であれば将来正社員に登用する途が開けている旨伝え、債権者もそれを期待していたこと、債権者の作業内容は期間の定めに対応する臨時的なものではなく正社員のそれと殆んど異なるところはなかったことの各事実が一応認められるので、債権者は期間満了後も引続き雇傭されることを期待しそれに合理的理由がある場合に該当する。

(2)  そこで本件傭止めが信義則上許されないとき又は権利の濫用にあたるか否かについて検討する。

≪証拠省略≫を総合すれば次の各事実が一応認められる。

債務者は昭和四五年頃から売上げが伸びなくなり、同四六年にはいわゆるニクソンショックによる経済界の不振に伴ない売上実績は当初計画を大巾に下廻ったこと。他方人件費は増加を続け、労働分配率(限界利益に占める人件費の割合)は、債務者において適正率と一応考えていた五〇パーセント台を遙かに越えて、昭和四五年度七〇パーセント、同四六年度七五パーセントと上昇をしてきたこと。そこで債務者は昭和四六年一一月総雇傭量の減少を中心に五項目の対策を決めて実施を図ったこと。その対策のうち人員縮減については労働分配率を六七・五パーセントに引下げることを目標に間接員の直接員えの転換及び高令者、非能率者、准社員の退職を進め、その結果同四七年六月までの間に嘱託者の解雇一七名、准社員の傭止め一一名を含め五七名の退職者を出したこと。一方債権者の勤務状態は、昭和四六年一一月に入社以来翌四七年四月二〇日までの間に、一月五日二七分、一月二七日四七分、三月三日四四分、三月一六日午前中全部、四月六日午前中全部と五回にわたり、遅刻があり、欠勤も一二月二〇日、一月一〇日、一月二〇日、一月二一日、の各無断欠勤、一月四日、一月一一日、四月四日の届出の欠勤があって、これは他の准社員に比較して相当劣るものであること。また債権者は作業中しばしば無断離席して作業に支障を来たし上司からの再三の注意に拘らず改まらず、作業内容もたとえばリード片スポット作業において標準作業指示どおりの三ヶ所スポットを手抜きして二ヶ所スポットで済ませるなどのごまかしがあったことの各事実を一応認めることができる。≪証拠判断省略≫

これらの事実からみると、債務者が本件傭止め当時総雇傭量の減少策の一つとして准社員の傭止めをすゝめ、債権者を傭止めにしたことには正当な理由があったものといわねばならない。

もっとも、債権者は本件傭止めの真の理由は債権者の思想、信条の嫌悪にあり、権利の濫用であると主張し、≪証拠省略≫によれば、債務者の品川第二工場でカドミウム電池を製造しているところから、債権者は従業員のカドミウムによる健康上の危険を種々調査し、その対策について同僚と熱心に話合い行動したこと及び債務者はそのことを知っていたことが一応認められるのであるが、前掲の事実からすれば、債権者は右行動があると否とに拘らず傭止めを受けたであろうことがうかがわれるのであって、結局、本件傭止めが債権者の主張の思想、信条の嫌悪にあることもその他権利の濫用であることもこれを認めるに足る疎明はない。

四  以上の次第で、本件傭止めは有効と解すべきであるから、債権者と債務者間の雇傭関係は、昭和四七年五月二〇日の経過により終了したものといわねばならない。

よって、本件仮処分申請は、結局、被保全権利の存在につき疎明がないこととなり、かつ保証をもって疎明に代えることは相当でないので右申請を却下することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 光廣龍夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例